「アリス、僕をお食べ」
「だから食べないって」
 
いつも交わされる会話内容だ。
挨拶と同じくらいの感覚で私達はお決まりの言葉を発する。
大体食べる気が無い事ぐらい分かっているのに、そう何度も言うのかしら?
 
「アリス、僕を―」
「食べない」
 
すかさず猫が言い切る前に私は言った。
いい加減に私だって毎日言われれば嫌でも覚える。
 
猫を無視して私は黙々と教科書にマーカーを入れる作業を続けた。
テストが近いのだ。今は猫との噛み合わない会話を楽しむ時間はない。
このマーカーを引いた場所も覚えられたらどれだけ楽になるだろうか。
 
猫の頭はだんまりこくったかと思うと、
 
「据え善喰わぬは男の恥だよ」
「っ・・・!?」
 
変な風に手に力が篭った蛍光イエローのマーカーは、
気持ちよく文字の羅列の上から脱線してぐにゃりと歪んだ線を作った。
 
「・・・どこで覚えてきたんだか・・・」
 
この猫の突拍子も無い言葉にはいつも驚かされる。
どこから知識を仕入れてくるのかは知らないけれど、
猫がいつの間にかこちらの事を学んでいる。大概間違えて覚えているのだけど。
 
「さあ、アリス」
 
ずずい、と猫の頭が前進して食べるように促す。
妙に自信のありそうなところがいかにも可笑しい。
やっぱり、本人は美味しいことに自信はあるみたいだ。
 
「立場反対でしょ?」
 
私、男じゃないし。それに女の人がいう言葉じゃなかったかな。
チェシャ猫は怪訝そうな顔をして、私に問う。
 
「アリスを食べていい・・・」
「そうじゃなくて、男女が」
「僕は猫だよ、アリス」
「・・・・・」
 
それはそうだけれども、そういう問題じゃなくて。
このにんまりと笑う猫に何を言っても無駄なようだ。
前々から思っていたことだけど、やっぱり常識が通じなさすぎるわ。
 
「とにかく私は食べないの!」


歪んだラインマーカー

<<常識は僕らが作るのさ>>
  ++++++++++++ 何だか猫がお馬鹿に見えてきました。 でも可愛いなぁ(危険)