腕の痺れに意識が覚醒した。
つい肘を突いたまま居間で横に寝てしまったようだ。
 
しかしまだ夢の中なのかもしれない。
煩いぐらい鳴いていた蝉の声がひとつも聞こえないのだから。
 
ぼんやりと夢と現実との境目にまどろみながら、
どこかで嗅いだことのある匂いが・・・そのうえ生臭い。
突然湧いてきた疑問に瞼を重たげに開いた。
 
「なんだこりゃあ」
 
煮干し。生臭さの原因は紛れもなくこの煮干しだ。
鼻先に付くか付かないかの至近距離に煮干しの小山が出来上がっていた。
 
「オスソワケだよ」
 
煮干しの疑問を口にするよりも先に答えたのは低い男の声。
違和感のあるその喋りの主を目で追うと意外に近い場所にいた。
何がいたと表現すればいいだろうか。そして他に何と表現しよう。
 
そして第一に注目すべき点は生首である非現実的な光景。
いかにも獲物を捕らえる為に存在するような鋭利で黄ばんだ歯。
裂けているのではないかと思うほどに奇妙な程に湾曲した唇。
すっぽりとその頭を覆う灰色のフードでその顔の全様は判らない。
 
煮干しの次は、生首だ。生首が喋っている。
驚くべき要素が溢れんばかりに満載なのに、どうも驚く気が一向に起きない。
 
ああ、これが夢だからだろう。
それに何処かで生首を見たことがある気がするのも夢だからだ。
そうだ理解すれば何てことはない。これは唯の夢だ。
 
「嬉しいかい、オジサン」
 
納得していると、夢の創造物である生首はこてんと横に傾いた。
きっと首を傾げているつもりなのだろうな、と冷静に判断する。
それにしても叔父さんと呼ばれる筋合いは一切無いのだが。
 
「まあ嬉しい・・・んだろうなぁ」
 
おすそ分けって事は相手の好意だ。
無駄にするのは良くないだろう、例え相手が生首でも。
 
返答に満足したのだろうか、生首は口角をもっと引き上げ喉を鳴らした。
楽しげに低く喉を鳴らす動作は猫のそれと似ている。いや、そのままだ。
そして唐突に知っている単語がその口から滑り出た。
 
「オジサンが嬉しいとアリスも嬉しいって」
 
アリス。あの姪のことだ。
自分の喜ぶ姿を見て嬉しいとは何て都合の良い夢だろうか。
偶然ではなく現実で望んでいるからこそ夢に見るというものだ。
 
そんな願望を抱いていた事実を一人恥ずかしく思うのを尻目に、
機嫌の良さそうな生首は器用に転がり居間を出て行った。
 
それにしてもなぜ煮干しである必要があって、
(でも猫みたいな奴だから煮干しなのかもしれない)
 
あの生首はどうやって煮干しを持って来れたのか、
(くわえて持ってくる以外に方法はなさそうだが)
 
たくさんの可笑しな疑問があるが、それが夢というものだ。
とんとんと階段を跳ね上がる生首の音を聞きながら、耐え難い睡魔に瞼を閉じた。
 
   
創造物は喉を鳴らす <<夢だとニボシは食べられないよ>>
  ++++++++++++ 目覚めても謎の煮干しの小山にひたすら悩む叔父さん。 ここの叔父さんは夢だと信じたい派のようです。 そのうち現実と向き合って生首抱えて貰いたいです。