濃厚な深緑と湿った土の香り
そして、僕を惑わす蠱惑的なアリスの匂い


The world is full of temptations.
ああ、世界はこんなにも誘惑に満ちている


「あっ、蝶が止まってる!」
                                                              

見れば、一匹の蝶が自分のフードに止まっていた。
アゲハ蝶を想像させるような七色の蝶。

アリスは僕のフードにそうっと手を伸ばしてきた。
どうやら、蝶を捕まえる気のようだ。

「アリス」
「なあに?」

「人喰い蝶」


ずさっ!


音がするほどの速度でアリスは手を引っ込めた。
少しばかり顔色が青くなった気がする。

蝶は驚いたのか、空へと舞って行ってしまった。

「安心をし。血が出てない限り喰われないよ」
「そういう問題じゃないって!」

もう、早く言ってくれたらいいのに!

アリスは怒ったように言い足すと、
エプロンドレスをなびかせて森の中をどんどん進んでゆく。

「?」

蝶の種類を教えただけなのにね。
僕はアリスの背中を見つめ、歩き始めることにした。

時折、こうしてアリスは不思議の国を訪れるようになった。

・・・もちろん僕は首狂いの女王なんかに会いたくないし、
他の住人とアリスが会うのを見るのは好きじゃない。

そうでなくても、アリスの周りは危険が多すぎる。
アリスが他の誰かにそそのかされて喰われるなんて御免だね。

まあ、アリスが行きたいと望むのだから、
僕はそれでいいのだけど。

「どうしたの、チェシャ猫」

アリスの声で僕は自分が立ち止まっていたことに気づく。
思っていたより、考え込んでいたのだ。

君は僕に近づき、心配そうな顔をして首をかしげる。

「具合でも悪いの?」 

肩にかかった髪がはらりと流れ落ちて、
アリスのか細く白い首筋が光に晒された。

ああ、その喉に首に喰らいつくことができたなら。

魅惑的な匂いを漂わせる血が滴った血肉は、
甘く蕩ける蜜のような味がするのだろうか?

君は恐怖と痛みに悲鳴をあげるのだろうか?
きっと君の悲鳴もさぞかし素敵に違いない。

「何でもないよ」

アリスの手を握り、僕は前へと進みだす。
慌ててアリスも歩きだした。

「?変なチェシャ猫」

「そうだね、君の猫だし」
「なんでそうなるの・・・」
  

そっ

<<あんまり僕を誘惑しないでおくれ、君を食べてしまうよ>>