「ねぇ、チェシャ猫。私がアリスじゃなくなったらどうするの?」
ほら、記憶喪失とか。
目の前で揺れ動く毛糸の玉に釘付けになっている猫に尋ねてみた。
そのうち玉取りでもしそうな雰囲気で、猫の頭もそわそわと揺れている。
セーターを編むのは難しいから、マフラーに挑戦中。
上手くできたら、叔父さんか武村さんにプレゼントしようかな。
最近武村さんにも会っていないことだし。
・・・武村さん。猫アレルギー無いよね?
そんな事を考えていると膝の上の猫は、
毛糸玉を見つめたまま、お決まりの返事を返してきた。
「アリスはアリスに違いないよ」
もう、それじゃあ聞いている意味が無い。
チェシャ猫のことだからそう答えると予想していたけど。
「だから、例えばの話なんだから答えて」
(それは僕らを繋ぐ鎖が砕けたときの話かい、アリス?)
その言葉に少し考え込むように猫は黙ると、
今度は私の顔を見上げて、にんまりと宣言した。
「そのときは僕がアリスを食べてあげるよ」
「アリスじゃないのに?」
「そうだよ」
(僕だけのアリスにできるのならば)
「美味しくなくなってるかも知れないのに?」
「そうだよ」
(そんな事は有り得ないよ、アリス)
美味しいに決まっているけどね、
毛糸玉に視線を戻すと猫はそう付け足した。
編む手を止めて私は考える。
じゃあ、チェシャ猫をまた見て驚くのかしら。
怪しいフードの不審者、あ、首だけだから生首だわ。
いつの間にか毛糸玉に噛み付いている猫を膝から転がすと、
ころころと転がって猫の頭は、また膝に戻ってきた。
器用にも毛糸玉を口にしたままでだ。
狙った獲物は逃さない…じゃなくて、放して貰わないと続きが編めない。
「食べようなんてしたら、私絶対逃げるわよ」
記憶が無いのだから覚えてないし、それ以前の問題だもの。
生首が追いかけていたら、誰でも逃げるに決まっている。
「ほふらはあひふぉ」
・・・何を言っているのか分からない。
毛糸玉を猫の口から取って転がすと、猫の視線が素早く玉を追った。
さすが猫ね。頭だけでも。
でも体があっても無くてもチェシャ猫は猫なのよね、一応。
「で、チェシャ猫。何て言ってたの?」
「僕がアリスを覚えている。僕らがアリスを知っている。それで十分さ」
(だからそのときは君を僕だけのものにするよ)
知ってるだけで十分さ
<<僕らは君を一度も忘れたことなど無いのだから>>
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反転すると所々に必要のなさそうな猫の言葉があります。
そして武村さんが猫アレルギーなら笑えます。
「亜莉子ちゃん…!!」って久しぶりの抱擁でも仕掛けてきたら、
猫アレルギーでそれ以上近寄れなかったらいいのに。
きっと叔父さんが喜んでチェシャ猫飼うように勧めるよ。
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